October 7, 2011
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―『009』については、押井さんはアニメ化することに結構興味があったそうですが。

押井 それは昔、遥か昔(笑)。冷戦が終結する前の話。「冷戦後の世界であれ(『009』)をやること自体意味あるんだろうか」というとさ、間違いなく『009』は冷戦の産物だから。あれはだって国連の話だよ。武装する国連の話。中国からフランスから日本からアメリカから、国籍の違う人間がギルモア博士を入れて10人で(集まって)、共通の目的に向かう。それで敵が何かといったら軍産複合体。多国籍企業と言っても良いけど。あれって今冷静に考えれば、「国連というふうなものに結集することで、多国籍企業とかそういったものに対抗して、国民国家が“国家”っていう枠組みの中で、どういうふうに生き延びるか」という話でさ。思いっきり逆なんだよ。あれはたまたま多国籍企業とか、国家を超えるものの存在を悪と仮定しただけで、その逆に考えることもできるんだよ。「ブラックゴースト(敵の秘密組織)が正義の団体だったらどうするんだろう、あれが(反政府)革命党だったらどうなるんだろう」って。それで言ったら(『009』は)冷戦の思想の産物なんであって、その枠組みが変わっちゃった今の時代に(『009』を)やってどうするんだろうって。
 原作では、アメリカ人である002がヴェトナムに行くって話もあったけどさ。あいつとイギリス人の007が「アメリカはこんなことをやってたのか」ってケンカするとかさ。でも基本的にはあれは、言ってみれば国連主導から逆に「国家を温存しよう」っていう話だよ。国家を超越するものが悪になっちゃったんだから。
 でも国家を超越するものが悪であるわけがないじゃない。国家廃絶を目指すものといったら、取り敢えず今は多国籍企業とかイスラム原理主義とかいうことになっちゃうけど、かつては革命党だったの。そういうことを今やってどうするんだということは直ちに判るわけであって、一応、改めて原作を読み直してそう思ったんだけど。原作の中断するところまでは全部読んだよ。中学生の時に読んで以来だから、30何年ぶりに読んだわけだけどさ、「やっぱそういうふうなもんだったんだなあ」って。そういうことでいうと石ノ森章太郎っていう作家は基本的にその思想の中で生きた人なんだよ。『仮面ライダー』だろうが『にいちゃん戦車』だろうがみんな同じだよ。その時代の産物なんで。だから「世界の枠組みが変わっちゃった中で、どうやったら『009』を映画にしたら良いんだ」って。

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押井守が『サイボーグ009』の短編3Dアニメを制作 - 押井守 情報サイト 野良犬の塒 (via tnoma)

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